私は、非日常が大好きです。

最近は、インドに旅行へ行きました。

インドへ行きたいと思っている人はたくさんいると思うので、かかった費用と、インドでの刺激的な体験を記した日記を、公開します。

よかったら、あなたのインド旅行の参考にしてください。

費用 最終的にいくらかかったか

ざっと、35万円かかりました。

ただし、本ブログのタイトルにもある通り、私はかなりぼったくられたので、強いハートの持ち主なら20万、超頑張れば15万くらいで楽しめると思います。

ちなみに、当初は貧乏旅をするつもりで予算は20万円未満を予定していましたが、アホなので35万円使いました。

ちなみに、3泊5日です。

筆者

まじで金ない。20万も厳しいけど楽しそうだしインド行く。

内訳はこんな感じ。

航空券120,000
宿泊費30,000
現地での移動60,000
食費50,000
雑費 (お土産 、チップ など)100,000

筆者

私は、旅行ではっちゃけるタイプなので、ひとりだけ派手にお金を使ってしまっていたようです。

インド体験記 1日目

インド旅行は、唐突に決まりました。

私の友人が、ヨガの聖地で修行したいと言い出したので、楽しそうだったので私も着いていくことにしました。

ただ、女の子二人でのインド旅行は危険なので、私の友人N(男)を誘い、最終的には、ヨガ女子の仕事の都合が合わず、

私と、私の友人Nと、Nの友人のザキヤマ(男)の3人の旅行となりました。

図らずともハーレム状態となりました。

こんなにもフットワーク軽くインドへ一緒に言ってくれたNには感謝しかありません。

筆者

12万くらいあれば楽しめると思うよ ( 35万かかった )

それでは、インド旅行中にリアルタイムで筆者が書いていた日記を公開します。(完全に自己満日記です。)

インド日記

1日目 2023/2/23

昨晩から一睡もせず、始発で成田へ向かった。

事前にwi-fiのレンタル予約をしていたので、空港のフロントまで取りに行った。

変圧機を3台追加レンタルしていたのをNとザキヤマに褒められてなんだか大きい気持ちになった。

ベトジェットエアのハノイ行きの便に乗って6時間フライトした。

窓からは地球が見えて、「土地あるなぁ〜」とか思ってた。

私は、連続4時間くらい寝られたけど、ザキヤマは寝て起きてを繰り返し続けたらしく、

Nは、脚が長すぎてこの狭い機内では一睡もできなかったらしい。

一方私は、窓際の特等席でしっかり睡眠をとってしまい、なんだか申し訳なかった。

ハノイに着いた。

なぜかNとザキヤマはハノイ空港を熟知していてキモかった。

2人に着いていったら、美味しいフォーの店に着いた。

優しい味だった。Nが優しい味のことを「母親の羊水のようだ」って例えていてキモかった。

「わたしインド着いたら、先輩に勧められたポパイというインドのハンバーガーチェーンに行きたいんだよねえ」って言いながら店を出て空港歩いてたら

ハンバーガーが食べたくなっちゃって、

さっき見かけたハンバーガー屋に寄った。

その店の名前はポパイだった。

ベトナムにポパイあるんかい、ってみんなで笑いながらバーガーセットを頼んだ。

味は普通だったしコスパも悪かった。

周りにアラブ系の方がたくさんいて、みんなガタイがめちゃめちゃ良く、私は、自分がとてもチンチクリンに思えてきて恐縮してしまった。

デリー行きの便には、若い日本人の観光客が何組かいて、

皆んな何しにインドなんて行くんだろう、変なのって思った。

機内で私は離陸前に寝ていたらしく、機内食が配られるまで爆睡してた。

Nはまた、脚が長すぎてずっと膝を撫で撫でしながら起きていた。

機内で、ティー・コーヒー、って言いながら美人CAが紅茶とコーヒーを配ってたから

コーヒーを頼んだ。やっぱりお金がかかるらしくて、ベトナムのお金持ってなかったから

「キャンセル…」って言ったら

多分「キャンセルできません」みたいなことを言われた。

Nが間に入ってくれて英語で通訳してくれて、日本円で許してもらった。

私は慌ててたから、小銭持ってたのに1000円札を渡してしまい

お釣りにベトナムのドンが返ってきて

oh….って感じだった。インドで使えない900ドンを手に入れた。

あたふたしちゃった自分が恥ずかしくなって、俯いてコーヒーを飲んだ。何故か焦って飲んだから2秒でコーヒーはなくなった。

焦って恥ずかしくて体が暑かったから氷を食べようとしたら、

Nに「海外の氷はやめときなさい」って言われてまた恥ずかしかった。ちぃかわみたいな感情になった。

インド着いたら、

ザキヤマの彼女対策のために

私抜きの、男旅ツーショット証拠写真を数枚撮った。私はザキヤマとNの瞳にも映り込まないように気を配った。

空港からホテルまで移動するUberのタクシーがなかなか見つからなかった。

空港を出ると沢山のインドの方が着いてきて、タクシー乗ってけUberより安くするよって声をかけてきた。

ネットの記事や、インドへいったことがある職場の先輩に、タクシーはUber以外で乗るなって言われてたから、Uberでタクシーを呼んだ。

タクシー乗り場はカオスで、クラクションと罵声で騒がしかった。排気ガスで周囲はモクモクしており、泣いちゃうかと思った。どのタクシーがUberで配車されたものか全くわからない。

私は異国の地でオドオドしてしまって、そこいらじゅうにいる野良犬に怯えながらNの隣にピッタリ着いていた。

ザキヤマがすごく頑張ってくれて、ずいずいとクラクションが鳴り響くタクシーの群れへ生身で突っ込んでいき、Uberで呼んだタクシーを見つけてくれた。

インドでのクラクションは、「退けこの野郎」って意味より「ここに居るからね」っていう意味で鳴らしてるような感じがした。

だから5秒に一度はクラクションを鳴らしていて、デリーの街はすごくうるさかった。

目的地のホテルの前について、小銭がなくて結局予約してた値段の2倍を運ちゃんに払った。

あれだけ必死に、Uberタクシーを探したけど、Uberタクシーの相場の2倍のお金を払った。仕方なかった。よく頑張った。

運ちゃんにめっちゃ感謝されて、タクシーを出た。

予約していたホテルは、入口がガムテープで封鎖されていて、周囲は観光客などいなく、時間は深夜の0時だった。

「あ、おわったわ」って思った。

そしたら、隣のホテルからホテルマンが出てきて、こっちこっち!みたいな感じでザキヤマのキャリーケースを持って知らん名前のホテルへ入って行った。

結局、そっちのホテルで我々の予約がされて部屋はちゃんと用意されていた。

何か事情があったんだろうな。

Nとザキヤマは一階の部屋で、私は5階の部屋だった。

(異国の地で一人部屋は怖かったから、私は「3人同室が良い」って言ったのに、Nに断られたのだ。)

ホテルマンが最初、1階の男子の部屋に案内してくれて、そのあと私の部屋へ向かった。

Nとザキヤマもついてきてくれた。

骨組みだけの剥き出しのエレベーターで5階に向かい、ホテルマンについて部屋へ向かった。

暗い非常階段のような所を通り、非常扉を開くとそこは屋上だった。

私は「あ、おわったな」って思ったし、ザキヤマは爆笑してた。

屋上の端まで向かうと、小屋みたいなのがあった。私の部屋だった。

内装は普通だったのでよかった。ここら辺で私の恐怖心ははマックスだった。

ホテルマンが部屋を出て、Nとザキヤマが一階の部屋に戻ってしばらくすると

部屋のブザーがなって、扉を数回ノックされた。

Nたちだ、と思ったから

はーい!って言って開けたら先ほどのホテルマンだった。ズイズイと部屋に入ってきて

何か英語で話しかけてくれたんだけど

なんかもう、私はこのホテルにビビりまくってたから、警戒心とか凄くて

あー、オッケー!オッケーオッケー

えにしんぐおーけー!

って言いまくって扉開けて出てもらった。

ホテルマンは、緑色の液体が入った謎の霧吹きを手に持っており、(多分消臭剤)それをシュッシュしたがっていた。

きっと善意なのに、なんだか、とてもビビってしまった。

私も2人のように英語が話せたらな、って心の底から思った。言葉が通じないのはとても不便で不利なことだと思った。

シャワーは、お湯は出なかったから、水で頭を洗った。ドライヤーはないから、髪が濡れたまま寝る。

電気はつけたまま寝よう。おやすみなさい。

インド体験記 2日目

インド日記

2日目2/24

7:30に窓の外で、鳩が殺し合いをしている音で目が覚めた。

9:00過ぎに2人が部屋の前まで迎えに来てくれて、

ザキヤマが「相変わらず凄いとこに部屋ありますねぇ〜」と ニヤニヤしながら言っていた。

今日は、明日タージマハルを見るために185キロ離れたアグラまで、今日中に移動する必要があった。

寝台列車に乗る予定だったんだけど、事前にネットで予約することを怠り、ニューデリー駅で列車のチケットを買うことが本日最大のミッションだった。

リキシャでニューデリー駅に向かった。

人生初のリキシャはとってもエキサイティングだった。エキサイティングなんて言葉を人生で初めて使ったけど、まさにエキサイティングだった。

駅構内は人でごった返してたけど、観光客は他に誰もいなくて完全にアウェイだった。

マゴマゴしながらチケット売り場を探したけど、マジで全然分からなかったし、あまり良くない周囲の視線を感じてここに長くいるのは良くないと思った。

とにかく、駅員さんに聞こうと思って、

近くにあった事務所らしき扉をノックして中に入ってみた。

薄暗い、タバコの煙がモクモクと煙る小部屋だった。

長机で、かったるそうに会話してる男の人たちがいて、駅員さんかは分からなかったけど、私は度胸だけでその部屋に入っていった。

Nとザキヤマが後ろでたじろいてる感じがした。

長机の前に行って私は、

「エクスキューズミー!」って声をかけた。

男の人が、肩をすくめて私を見た。

私は、英語は、「エクスキューズミー」しか分からなかったから、この後何を言えばいいか分からず、とりあえず Nとザキヤマに助けを求めるために後ろを振り向いた。

Nとザキヤマは、扉の近くで、「おいおいおいおい」みたいな顔して立ってて、

その事務所は、「エクスキューズミー!」だけ言って退室することとなった。

最終的には、事務所の方も(うすら)笑ってたし、多分もうちょい粘れば情報を聞き出すことはできたと思う。

私の言語スキルが、度胸に追いついていなかった。

その後、30分くらいチケット売り場を探したけど結局見つからなくて、話しかけてきたオジサンにAgra行きのチケットを買いたいと伝えた。

人混みの中、オドオド マゴマゴしていたヒョロヒョロの日本人は、誰がどう見ても「良いカモ」だったと思う。

おじさんに、

「ここで列車のチケットは買えない。そもそも駅が違う」「駅まで案内するよd(^o^)」って言われたから、素直におじさんに着いていく事にした。

絶対怪しいと思ったけど、

アジア制覇を目標にしてる百戦錬磨のザキヤマでさえ、心が折れていたし、もう流れに身を任せようと思った。

途中で、おじさんから違う若い男の人に引き渡されリキシャに乗った。

リキシャが停まって、また違う人に引き渡された。その人に押されて、たどり着いたのは、

ツアーを販売してるお店だった。全然駅じゃなかった。

仕方なく入ったら、大学生くらいの日本人観光客がツアーの説明を受けていた。肩身が狭そうだった。

ザキヤマが「日本人カモにされてますやん」って言いながら後ろ通ったら深妙な顔して振り向いてきたから、私はとりあえず「頑張りましょう(`・∀・´)」って無言でガッツポーズを送った。

なんだかんだ言って6万円払ってAgra含めた観光地色々を車で連れてってもらう事になった。

ここで私は、インドに持ってきていた全財産を失った。

苦し紛れに、「まぁ、これで我々の安全は確保されたね」って3人で確認しあった。

全員深妙な顔になってて笑った。

ちなみに電車だとAgraまで300円くらいで行けるはずだった。

ここからは快適車旅だ。

一旦ホテルまで車で送ってもらい、拠点にする予定で三日間抑えていたホテルをチェックアウトして近場のご飯屋さんまで行った。

初めて見る食べ物しかなかった。

謎の白いアワアワしたスープのようなものが、展示されていて、長い間置いてあっただろうに、アワアワの部分はへこたれる事なくアワアワしてるのが怖かった。

ビリヤニが美味しかった。追加でラッシーを頼んだ。店員さんがショーケースの方へ行き、迷いなく展示していた謎のアワアワを取って、戻ってきた。

店内はハエが飛びまくってたからちょっとだけ衛生面を気にしたけど、味は美味しかった。

ラッシーは三杯来たけど、Nが自分だけ助かろうとして頑なに飲まなかった。

私は、絶対にNに飲ませたかった。

車でデリーの観光スポットの井戸階段へ行った。

現地の観光客がたくさんいて、なぜか私はそこで爆モテした。

私と写真撮りたい人が列になって、1人一枚取られる毎にチップ要求されると思ってマジで怖かった。

10人くらいと写真を撮って、逃げるように井戸階段を駆け上がったけどチップは請求されなかった。

謎の国民性に触れた。 正直、チョーきもちよかった。

かの有名なインド門を見るために車でフォトスポットまで連れて行ってもらった。

そしてインド門を遠目から見た。

かなり遠目だったけど、

まぁ、インド門は別に近くで見ても見なくてもどっちでも大丈夫そうだった。 “インド門を見た” という経験を得られたので問題ない。「はい、インド門みた〜」って言って車に戻ってAgraへ向かった。

4時間ほど車に揺られた。道中、窓の外を見ていて全く飽きなかった。

牛の群れ、羊の群れ、なぜか踊ってる集団、馬車、

交通ルールも破綻していて、誰も白線なんて見てなかったし、誰も信号を守らなかった。

歩道も車道も関係なかったし、なんなら全力で逆走している車もあって恐ろしかった。

私は 何度も恐怖でお尻の穴がキュッとなった。

Agraについた。1日目のDelhiのホテルがヤバすぎたから、正直とても怖かったけど、今日の部屋は、男子部屋と隣だったし、シャワーのお湯も出た。

ホテルマンの方も服装が綺麗で接客も丁寧だったので安心して眠れそうだった。

運転手のラウルにお礼を言って、明日の6:00にホテルの前で待ち合わせをした。

Nがラウルにチップを渡そうとして、ザキヤマが「最終日にまとめて渡そう。無駄チップ辞めろ」って言っててウケた。

私も、よくよく考えたら6万払ってるから無駄チップは節約するべきだと思った。

まだ寝るには勿体無かったので、周囲を散策することにした。

夜のAgraはNew Delhiよりは怖くはなかった。

Nが離れちゃダメだよって言ってくれたから、Nと腕を組んで歩いた。

お父さんみたいだった。

特にお店もなかったので、ホテルに戻った。

今日のホテルはお湯が出た。

ドライヤーはないから髪は濡れたまま寝る。

おやすみなさい。

あわあわラッシー

あわあわラッシー

インド体験記 3日目

インド日記

3日目2/25

5:30に起きた。

6:00にホテルの前で、運転手のラウルと待ち合わせしてタージマハルに向かった。

今日はガイドの方も一緒だった。

昨日、「500円でガイド付けられるけどつけるかい?」

とラウルに聞かれて、500円だったらつけよう!と付けたガイドだった。

今後、インド旅行行く人には、ガイドは付けないことをお勧めする。

こいつにめちゃくちゃにぼったくられた。

ガイドの方は、「昨日いきなり呼び出されて4時起きでバイクでここまで来たヨ。娘は大学生でお金かかるヨ。」 と言っていた。

うちらは、「(あっ、これはチップのやつや・・・)」って多分同時に思った。

彼は日本語が話せたから、私たちは目配せで「(ガイドぶりを見て最後にちゃんと支払おうね)」と決めて頷き合った。

車でタージマハルへ向かう中で、ガイドが「タージマハルの入場チケットを取るのは難しいし、スゴク並ぶ。ボクがとっておくよd(^_^o) 」と言ってくれた。彼から買ったチケットは定価より高かった。

タージマハルの入場は、成田空港の出国より 厳しかった。

バッグになぜか入っていたドレッシングを没収された。

タージマハル

タージマハルは、 すごかった。

ザキヤマが 「・・・久しぶりにくらった」 と言っていたのが印象的だった。

この建造物が大昔に人の手で作られたことに、狂気を感じた。

道中、白い石なんて見なかった。遠く離れたこの場所に、人力でこの白い石を運んだんだろう。

狂気を感じた。

建設中、何人も人が死んだと言っていた。

タージマハルを見た後、ガイドがお土産屋さんに連れて行ってくれた。ガイドとお土産屋さんは提携を結んでいるようだった。( つまりグル )お土産屋さんは地下にあり、ガイドに押されて地下室へ入った。

「ガイドは外で待っている。」と言って入ってこなかった。

ここで、相場300円のサリーを5000円で購入した。Nは最後まで抵抗を見せていたが、結局、全員買うこととなった。

お会計の直前にチャイをいただいた。

本当に無料か?って、図々しく聞いてみたけど、無料らしかった。

Nは ここでも自分だけ助かろうとして、チャイティーを断っていた。

他にも、宝石店や大理石のお店など、いくつかのお土産屋さんに連れていかれた。

ツアーを組むことになると、車で勝手に観光客向けのお店連れて行かれて、購入するまで店から出られないから、

やっぱり、ツアーは組まずに電車で移動した方が安く済むと思う。

3,000るぴー

インドでは、クレジットカード決済ができるところは、観光客向けの比較的リッチな店だけだった。

そのため、安く買い物をするには、現金を手にいれる必要があった。

ラウルに銀行までつれていってもらい、visaのクレジットカードを現金化して3万ルピー(約5万円)を生み出した。こんな簡単に現金が手に入るのかと思い、ここら辺で私の金銭感覚における理性は吹き飛んだ。

車でジャイプールへ向かった。

ジャイプールは、ピンク色を基調としたカラフルな建物がたくさんあった。

観光客が喜ぶように作られた街だと思った。今まで行ったどの場所よりも治安が良さそうだった。

すごくワクワク、ウキウキした。

この街では、”ザ・観光” を楽しんだ。インド旅行行くなら、ジャイプールは絶対に行った方が良いと思う。

他の土地よりも治安が良いこともあり、私たちはまた、夜に外へ繰り出した。

ナイトマーケットへ行った。

ナイトマーケットでは、若者が音楽に乗って踊っていたり、火を吹く大道芸人がマーケットを盛り上げていた。

ナイトマーケット

ナイトマーケットが楽しすぎて、テンションが上がっていた私たちは、

インドのクラブへ行こうという話になり、Uberでリキシャを呼んで、クラブが入っている商業施設へ行った。

入り口の荷物検査で、ザキヤマが警備員に捕まった。

インドで、こんなに入場時のチェックが厳しいところはタージマハル以外にはなかったので、「この建物は安全だ、よかった。」 とホッとした。

ザキヤマは、念入りに体を調べられ、警備員がザキヤマに付きっきりになっている間に、その後ろをイカつい若い男たちがゾロゾロと身体チェックを受けずに入って行った。

もうこの建物は安全とは言えなくなった。

施設に入ると、悪そうなおっさんに話しかけられたから、「この上にあるクラブへ行きたい」と伝えた。

「オーケーついてきな」とおじさんは言い、クラブの入り口まで案内してくれた。

入り口に向かうところで、クラブから出て、帰ろうとしていた4人組の若い男たちとすれ違った。

私たちを見て、目配せをしている、その様子が何やら怪しく、

ふと振り返ってみたら、私たちの後ろをついてきていた。

めちゃめちゃビビった。

クラブの中は、爆音で音楽が鳴り響いてたけど、人は少なく、完全にシけていた。

女性はいなかった。

ガタイの良い男たちに取り囲まれ、本当におしっこを漏らしちゃうかと思った。

みなさん、インド で出会う初めての陽キャだった。

今まで見かけたインドの方々は、みんなヨレヨレの布を纏っていたのに、

私たちを取り囲む男たちは、どこでそんなピチピチのTシャツを買ったの?って感じの、Tシャツを着て、パンプアップされた鳩胸が目立ち、なぜか肌もみずみずしい若い男たちだった。

さっき、後ろからついてきた人たちもいた。

もう本当にこの場から去りたかったんだけど、後には引けないから、とりあえず、お金を払おうとザキヤマがクレジットカードを出した。

そしたら、奇跡的に、なぜかザキヤマのクレジットカードでは決済がうまく行かず、他二人はクレジットカードを持っていないフリをした。

瞬時に私たちは、近くのATMまでお金を下ろしに行くと嘘をついて逃げる計画を立てた。

案内人のおっちゃんに、二人は残ってザキヤマだけ下ろしにいけと言われたけど、

テキトーなこと言って、3人でスクラムを組んでクラブを出た。案内人のおっちゃんもずっと着いてきたけど、

「近くでタクシー拾って3人でコンビニいくよ。じゃ、また後で!」と言って逃げた。

まじでヤバかったなぁとか言って、夜中のジャイプールの街を歩いた。

深夜のテンションで観光地から離れた場所に来ていたので、治安が悪く、道でくたばっている人が何人かいた。

少し怖い思いをしたので、3人ともテンションが下がりまくっていた。

若い三人組の日本人が夜中トボトボ歩いているという状況は、現地の人からしたら大変珍しい光景だったと思う。

みんなが私たちを見ているような気がした。

リキシャタクシーを見つけ、ホテルまで連れて行ってもらおうと、運転手に話しかけたら英語が通じなかった。

スマホの地図を見せたら、その方は目が悪くて、スマホの画面が見えなかった。

でも、「どうしても乗ってくれ」と、すがるように運転手に背中を押された。

私は、胸が苦しくなってしまった。

その場は、soryと言って立ち去り、別のリキシャに乗って、ホテルまで向かった。

そのリキシャは、父親が息子に運転を教えるOJTリキシャだった。

息子さんは15歳くらいの男の子で、運転に慣れていないためか、とても安全運転だった。

無事、深夜1時過ぎにホテルへ帰ってきた。

泥のように眠った。

インド体験記 4日目 ありがとうインド👋 ほんとうにナマステ🙏

インド日記

4日目2/26

インド最終日。ジャイプールから空港のあるニューデリーまで移動する。

今日はガイドもいなかったから、道中はラウルとお話ししたり、ラウルお勧めの良心的な価格のお土産屋さんやご飯屋さんへ連れて行ってもらった。

お土産屋さんでは、スパイスと紅茶をたくさん買った。

そのお土産屋さんには、アロマオイルもあり、いくつか見せてもらった中で、ハッカのオイルが気になった。

ハッカのオイルを見ていたら、「お嬢さん、お目が高い!そのオイルは、あのジダン(サッカー選手)も気に入って8本も買って行った代物さ」とかなんとか言われて、私は阿呆なので「え、マジですか?じゃあ私は10本買います」といって10本購入した。

一本1100円ほどした。

( 日本に帰国して、職場の私の席周辺に座っている人たちにお土産として配ったら、めちゃめちゃ微妙な反応をしていた。 みんな異国の謎の液体を渡されて困惑していた。 時々使ってくれるけど、そうすると周辺がなんとも言えないインドの香りになった。 )

車に戻って、デリーに向かう途中で、GoogleやFaceBookなどのたくさんのIT企業のギラついたビル群を見た。IT大国インドの本気を見た。めちゃめちゃかっこよかった。憧れた。

空港に着いた。運転手のラウルには本当に感謝しかなかった。

ラウルからは一度だってチップを要求されなかったし、いつも優しかった。バイクが暴走している道路を渡れず泣きそうになっている私を、バイクを止めて通れるようにしてくれたこともあった。

ラウルとバイバイするのは寂しかった。私たちは、今持っている有金全部をラウルにチップとして渡した。(約12,000円)

空港で、クリスピードナッツを食べた。

最後の本場ラッシーも楽しんだ。Nもラッシーを飲んだ。インドに来て初めてNが水以外の飲みものを口にした。

私はそれがとても嬉しかった。

さようならインド。本当に楽しかった。と3人で感傷に浸っていたら、突然トントンと肩を叩かれた。

「!!!!!!?!???!!!!?????」

私の肩をたたいたのは、なんと職場の先輩だった。ここはインドである。

弊社は、インド向けのアプリを作っており、ちょうどインド出張に来ていた先輩とインドの空港で会ったのだ。いやぁ、世の中不思議なこともあるもんだと思った。

帰りの飛行機で、私は窓から外を眺めて、このだだっ広い土地にはいったい何があるのだろう、

どのような文化があるのだろう、どんな人が生活を送っているのだろう、と考えた。

エモかった。

成田空港でラーメンを食べて、泣きそうになった。

Nとザキヤマとバイバイした。

私は、インドに帰りたかった。

インドに行きたい!ではなく、インドに帰りたかった。

今日は、友人から遊びに誘われており、空港からそのまま友人の元へ向かった。

その友人には、私がインドへ行っていたことを伝えていなかった。

何も知らない友人に、「私、さっきまでインドにいたの」が言いたいが為に、友人と会うことにした。

それに、全然疲れてはいなかった。

ココスで、友人に、「私、さっきまでインドにいたの」というと、気持ち良いくらい笑ってくれた。

ここまでが私のインド旅行。

カレーを食べる筆者

グローバルwifi 成田で借りれて便利でした。変圧器とモバイルバッテリーのレンタル代が安かったです。